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名古屋高等裁判所 昭和42年(行コ)15号 判決

控訴人(被告)愛知用水土地改良区

被控訴人(原告)都築雅師

主文

原判決を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用および書証の認否は、左記の通り附加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、ここに、これを引用する。

控訴代理人の陳述

一、控訴人がなした本件賦課処分には何らの瑕疵もなく、従つて、これを取消される理由は存しない。すなわち、

本件土地は、愛知用水公団法(以下公団法と称する。なお、同公団法は昭和四三年法律第七三号水資源開発公団法の一部を改正する法律附則第九条により廃止された。)に基ずく同公団(同公団は右法律附則第二条により右法律が施行された昭和四三年一〇月一日解散し、その一切の権利及び義務は水資源開発公団に承継された。)の事業実施計画(公団法第一九条第一項)において、その事業の施行区域内に所在し、且つ事業の施行によつて利益を受けるべき土地すなわち受益地(同法条第二項第二号第三号)とされ、又控訴人改良区の事業施行地域(土地改良法第三条、控訴人改良区定款第三条)内に存するもので、控訴人は土地改良法第三六条第一項および定款第四四条第一項第一号第二号に基づき控訴人改良区の組合員である被控訴人に対し控訴人改良区の経常賦課金を賦課する本件賦課処分をしたのである。

右賦課される経常費はもとより控訴人改良区の事業に要する経常費に充てられるものであるが、その内容は、(イ)控訴人改良区自身が有する施設の維持管理に要する経費(定款第四四条第一項、第四条第一項第一号)はもとより、(ロ)控訴人改良区は前記公団法に基づき設立された愛知用水公団が行う愛知用水の造営に伴ない設立された土地改良区であるところから、前記のごとく同公団の事業の施行によつて利益を受けるべき受益地はすなわち控訴人改良区の事業施行地域にもあたり、従つて、同公団が造成した施設中同公団が自ら維持管理するダム、頭首工、用水の幹線水路等の大規模施設を除いたその余の用水の支線水路等の末端小規模施設の管理を同公団から委託されている関係上、そのために要する経費(定款第四四条第一項、第四条第一項第二号)や、更に、(ハ)同公団は右のとおり自ら維持管理する施設にかかる経費の一部を前記受益地につき土地改良法第三条に規定する資格を有する者等に賦課徴収する(公団法第二四条第一項)のに代えて、土地改良区に賦課することが認められ(同法条第二項)、右による賦課金は土地改良区の経費とみなされて、その土地収良区がこれを組合員から徴収し得る(公団法第二六条、土地改良法第三六条、第三九条)こととされているので、控訴人改良区が同公団から右のようにして控訴人改良区に賦課された賦課金に充てる費用(定款第四六条、第四四条第一項)などである。

控訴人改良区の定款によれば、右の組合員に賦課する賦課金の賦課、徴収の時期および方法などは総代会で定める(定款第四七条)ことになつているが、控訴人改良区は、昭和四一年度経常賦課金については、同年三月二六日開催の「昭和四〇年度愛知用水土地改良区通常総代会」においてこれを議決されたので、本件土地のそれについては、右の議決に基づき本件土地が控訴人改良区の事業によつて受ける利益を勘案してこれが賦課をなしたものである。

そもそも、土地改良区の土地改良事業においては、その地区内にある土地が受益地と認定された以上、その組合員は土地改良法第六六条に基づき当該土地がその地区から除かれない限り組合員の資格を失わないのはもとより、当該土地に対する改良区の経常費賦課を免れ得ないものである。右改良区から除かれる場合は「改良区内にある土地が、その土地改良区の事業により利益を受けないことが明らかになつた場合」であるが、これは農用地が農用地として現実に存在しなくなつた場合であり、従つて、これが実際の運用としては、いわゆる農地転用の場合がこれにあたるものとしてその場合に地区から除かれるのが実情であるが、本件土地は右のように控訴人改良区から除かれた土地ではないのであり、従つて、控訴人改良区が前記のとおり本件土地を受益地と認め、その受ける利益を勘案して本件賦課処分をしたのはまことに正当であるといわねばならない。

右により明らかなように、控訴人がなした本件賦課処分には手続的にも又実体的にも何んらの瑕疵がないから、これを取消される理由は全く存しないものである。

二、本件土地が愛知用水の受益地であることは既に確定しているところである。すなわち、被控訴人は本件土地に対する控訴人の昭和三九年度の経常賦課金を賦課する処分についても、本訴におけると同様に本件土地は愛知用水の受益地ではなく、従つて控訴人が被控訴人に対し右の経常賦課金を賦課したのは違法であるとの理由に基づき名古屋地方裁判所に対し右の賦課処分取消の訴訟(同裁判所昭和四〇年(行ウ)第四七号)を提起したのであるが、右訴訟の判決においては、本件土地が愛知用水の受益地であることを確認のうえ、控訴人のなした賦課処分は正当であるとして被控訴人の請求を棄却し、右判決は確定したのである。そして、被控訴人は右判決に基づき昭和三九年度の経常賦課金をすでに納付している。本訴は右訴訟とは賦課年度を異にする賦課処分の取消を求めるものであるが、その取消を求める理由は全く同一なのであるから、右控訴においての本件土地が受益地であることの確認は、本訴においても維持せられるべきが当然である。けだし、賦課処分の年度の異なるに従がい受益地の認定を異にすることが許されるとすれば、著しくその法的安定性を害し、ひいては土地改良事業の推進に重大な支障をきたすこととなるからである。

仮りに、右理由がないとしても、本件土地は現に愛知用水の受益地である。このことは、既に控訴人が原審において詳述しているところであるが、被控訴人が強くこれを争うので、更に以下にこれをふえんして明らかにする。

本件土地が愛知用水の受益地であることは以下の事実により容易に理解されるところである。すなわち、

土地改良法上いわゆる受益地とは、土地改良事業により設置された施設例えばそれがかんがい施設である場合には、それにより客観的に水がかりが可能であつて、その水利用により農業上の利益を得る可能性がある土地をいうものと解するのが至当である。従つて、いやしくも施設の利用が可能であり、それによつて農業上利益を得る可能性のある土地はすべて受益地であり、右の利益を得る可能性があるにも拘らず、その利用を拒みないしは怠る場合においても受益地たることには変りがないのである。

右のように受益地の観念は、土地が現実に利益をうけているかどうかにより定まるのではなく、利益を得る可能性の有無によつて定まるものであるが、このことは、国営ないし県営土地改良事業において、これらの事業主体はダム、頭首工、幹線水路等の基幹施設についてのみ工事を実施し、それから先の各圃場に密接する末端施設については何ら工事を実施しないにもかかわらず、土地改良区等の団体が当該基幹施設に関連して末端施設を設置してはじめて現実の利益が発生するものと予想される土地についても、いわゆる計画上の受益が発生したものとして当該基幹工事の完了後一定の負担金を徴収する仕組みとなつていることからみても、うかがえるところである。

愛知用水公団の行う事業はその事業内容および経費負担方法等の法制の基本的仕組みが右の土地改良法上の土地改良事業とすこぶる類似しており、又受益農民に対する賦課金について規定した公団法第二四条第一項の規定が、国又は県営の土地改良事業における農民負担金の徴収について定めた土地改良法第九〇条第二項と同趣旨であるころからみても、これらの事業による受益の有無の判断についてはすべてこれを同一に解さねばならないことが明らかである。ところで、本件土地は後記のように愛知用水からその水を直接導入する施設を容易に設置することができ、そうすれば、これにより幾多の利益を得ることができるようになつたのであるから、まさしく、本件土地は愛知用水から利益を得る可能性のある土地である意味においてその受益地であるといわねばならない。

三、本件土地は従来から一部冷たい湧水を使用しているが、愛知用水公団の事業により新設された愛知用水の水を使用しようとするならば、末端の導入施設を設置することにより容易に同用水の水を導入使用することが可能であり、しかるときは、農作物の生育上害のある冷水に代えて暖かい同用水の水を使用することができ、従前にも増して収益をあげることが可能となるのである。このことは、正当にも前記訴訟の判決において「これら愛知用水施設により、十分に供給せられる豊富なかんがい用水は、前記のごとく開田を通過しつつ、いずれも適度に温められ天然水と共に本件土地をも潤し去るわけで、これにより、冷却せる前記湧水の稲作に及ぼす被害を緩和し、その収獲に資することもまた明らかに認め得べく」と判示しているとおりである。

右の次第で、本件土地が前記の意味において愛知用水のいわゆる受益地であることは明らかである。

四、被控訴人は、本件土地が愛知用水の受益地でないことの理由として、「本件土地の中央部には南沢池からの用水路があり、水稲育成のかんがい用水は同池の貯水と雨水および本件土地の一部にある湧出水で十分であつて、愛知用水から給水を受ける必要はなく、現に南沢池および本件土地には愛知用水を導入する何等の施設もない。」旨主張しているが、右は、南沢池がかり全農地の連帯性と同一水系により組織されている水利共同体の秩序を全く無視するのみならず、本件土地が愛知用水の受益地である事実を見誤つた膠論である。すなわち、

本件土地の所在する久米地内には「南輪田」という一つの水利共同体が存在する。この南輪田の水系は、その水源を南沢池および高峯池に求めるが、南沢池がかりのかんがい区域は、上流から字南沢、字池田(本件土地が所在する)、字東太郎、字西太郎、字松下、字東前田および字西前田であつて、その面積は約二六ヘクタールである(但し、南沢池の水流は、下流において高峯池の水流を合流するので、その合流地点から下流地点にあたる字松下、字東前田および字西前田は、従つてこの両水源からかんがいを受けることとなる)。

しかし、この南沢池がかりの水田は、そのかんがい用水の絶対量の不足から、特に水の合理的な利用を図る必要が生じ、ために上流は早生稲、中流は中生稲、下流は晩生稲とそれぞれその作付けに配慮を加えているのが実情である。

他方、輪田という水利共同体は、その水源たる溜池を中心として組織された水利共同体であり、その水利秩序においては、各水利権者共同の利害と責任の意識とにもとづく強い連帯性に支えられた一箇の生活共同体であり、南沢池から流下する水は、上流に位置するものと、下流に位置するものとを問わず、その使用者はすべて平等にこれを使用する権利を有している。このことは、溜池施設等の水利施設が久米区の共有であり、その修理費、その他の管理費の負担も古来から地積割または土地の賃貸価格割(現在は地積割)に平等に徴収されてきていることからも明らかなところである。このように、南沢池がかりの水利権者は、その流水について、いずれも平等な利用権を持つているのであつて、水不足の不利益をひとり下流の水利権者のみが負担しなければならないいわれはないものである。

ところで、愛知用水公団の設立に伴ないその行う事業によつて、南沢池より下流に位置する上小倉池に愛知用水が導入され、同池からは、更に、小倉支線水路によつて南沢池がかりの下流にあたる水田、すなわち、字池田の一部、字東太郎、字松下、字東前田および字西前田の約二三ヘクタール(前記二六ヘクタールの一部である)を直接かんがいし得ることとなり、従つて、前記のごとき南沢池がかりの農業全体の水不足は全く解消するに至つたのである。

この場合、愛知用水によつて直接かんがいされる右の農地のみを受益地として賦課金を賦課することは、前記のように南沢池がかり農地全体の連帯性からみて許されないところである。蓋し、同一水系で組織された水利共同体において、その利水者は、それぞれ対等の地位において流水使用の利益を享受し得る立場にある以上、下流の者の犠牲において上流の者が優位に立ついわれはないからである。

又「現に南沢池および本件土地には愛知用水を導入する何等の施設もなく」、従つて、同用水の水をうけていなくとも、前記のように愛知用水公団の行う事業によつて、南沢池がかりの農地約二六ヘクタールのうちその約八割余にあたる二三ヘクタールの農地に対しては愛知用水が上小倉池を通じて直接かんがいし得る状態になつたのであるから、その水量だけ南沢池の貯水量に余裕が生じ、従つて、愛知用水が直接導入しない本件土地はより一層の取水の安定が図られることとなり、その限りにおいて、本件土地も現に愛知用水の利益を受けているものといわなければならないものである。

以上によれば、本件土地が愛知用水の受益地でないとする被控訴人の主張が誤りであることは明らかである。

五、なお、当初愛知用水公団がその用水施設を建設するに当つては、用水の導水施設を直接南沢池に設置することも考えられたのであるが、愛知用水の幹線水路は地形上、南沢池よりもはるかに低い位置を横断しなければならなかつたため、同幹線水路から直接南沢池に導水するためには、ポンプによつて揚水する必要があつたのに反して、上小倉池は同幹線水路より低い位置に所在し、従つて、その導水施設の設置も容易であつたので、その経済性の見地から直接南沢池に導水施設を設置することはやめにして、上小倉池に直接導水施設を設け、同池からは更に小倉支線水路によつて、南沢池がかりの農地と小倉池水系の農地にかんがいすることとしたわけである。蓋し、愛知用水公団の事業に要する経費は、結局、その受益者自身が負担することとなるのであるから、その施設は最も合理的、経済的に行う必要があり、かつ、右の計画でその目的を十分に達成し得るものだからである。

六、以上これを要するに、愛知用水公団の行う愛知用水は、上小倉池および小倉支線水路を経て南沢池がかりの下流部をかんがいし、その水の絶対量の不足を解消せしめることにより、南沢池がかり全体の農地に対して取水の安定を図り、もつて、農業経営の合理化に資することとなつたのであるから、同一水系に属する本件土地も当然に愛知用水の利益をうけているものというべきであり、従つて、控訴人改良区が本件賦課処分をしたのは正当であるといわねばならない。之に反し、被控訴人の主張は、ひとり南沢池に近い本件土地のみを切り離して受益の有無を判断し、その結果、本件土地は愛知用水の受益地ではないものとするのであるが、そのとり得ないことは上来説明するところから自ら明らかなところであり、従つて、控訴人のなした賦課金の賦課を拒むことはできないものである。

被控訴人の陳述

一、控訴人のなした本件賦課処分は本件土地が愛知用水の受益地でないにも拘らずこれをその受益地であるとしてなされたもので違法であり、取消を免れないものである。

そもそも、愛知用水の受益地であるかどうかは、原判決が正当に判示しているように、「現に愛知用水により利益を得ているかどうかにより決すべきであり、これを現に利用していない本件土地を愛知用水の受益地であるということはできない」ものである。本件土地は水稲育成のかんがい用水として南沢池の水、雨水および本件土地の一部にある湧水で十分であり、その上愛知用水から給水をうける必要は全くなく、現にその施設もなくて、愛知用水から何らの利益をも得ていないことは、すでに被控訴人が原審において述べたとおりである。従つて、控訴人が本件賦課処分をしたのは明らかに違法であり、その取消を免れないものであるが、被控訴人は以下この見地に立つて控訴人主張に対し被控訴人の見解を述べることとする。

二、本件土地が控訴人主張のように愛知用水公団の事業の施行区域に所在し、且つ同時に控訴人改良区の事業施行地域内に存することは認めるが、それだからといつて、そのことから、直ちに本件土地が愛知用水の受益地であるとして、その経常賦課金を賦課し得るわけのものではない。右の賦課金を賦課し得るのは現実に愛知用水から利益を受けている土地すなわち受益地についてのみである。このように、受益のないところに賦課金の賦課はあり得ないのであり、このことは愛知用水公団がその事業に要する費用について受益者負担の原則を採用している(公団法第二四条)ところからみて自ら理解されるところである。現に前記の地域内に存しながら右の賦課金を賦課せられない土地は数多く存する。これを常滑市内だけについてみれば右の地域内に存する土地のうち約二八パーセントの土地が受益地でないとして賦課金を課せられていないのである。右は控訴人改良区がその地域内に存する土地でありながら、愛知用水により利益を受けないことが明らかなものとして賦課金の賦課をしないものであり、右の受益のないところに賦課金の賦課はないという受益者負担の原理を表わしている証左である。本件土地は愛知用水の水を必要としないのみならず、その水を本件土地に導入する施設もなく愛知用水の受益地でないことは前記のとおりであるから、経常賦課金を賦課し得ないことは多言を要しないところである。なお、その後、控訴人は後記のとおり本件土地のうち字池田三四番の二、同三五番の二、同三六番の三の土地三筆について昭和四一年度後期の愛知用水建設負担金および昭和四二年度以降の経常賦課金の各賦課をしないが、右は右三筆の土地が愛知用水の受益地でないことを認めたからに外ならない。

控訴人は被控訴人が控訴人改良区の組合員であると主張するが、被控訴人は控訴人改良区の組合員ではない。なるほど、被控訴人は控訴人改良区の地区内にある本件土地につき土地改良法第三条に規定する資格を有する者であるが、本件土地は右の如く愛知用水の水を必要としない土地であり、従つて、被控訴人は愛知用水からの水の導入を希望しその施設を設置していないのであるから、愛知用水公団や控訴人改良区の事業とは無関係であり、それらの設置した施設の維持管理とは何らのかかわり合いもない。このように本件土地が控訴人改良区らの事業とは無関係なものであり、被控訴人がそれらの事業に参加しその利益を得ていない以上被控訴人が控訴人改良区の組合員となすことはできないものである。本件土地は控訴人改良区の事業により利益をうけないことが明らかな土地として、被控訴人は控訴人改良区の組合員とはなり得ないものである。

又本件賦課処分は経常賦課金を賦課したものであるが、その実質は使用する愛知用水の水の対価であつて、経常費とは単なる名目にすぎないものである。控訴人改良区はその組合員に対し右の賦課金をその事業によつて受ける利益を勘案して賦課しているが、このことは右の賦課金が愛知用水の水の使用料である性質を持つものであることを物語るものである。従つて、右の賦課は公団法第二四条に定める賦課の原則である「愛知用水によつて受ける利益を限度」として課さるべきであり、前記のようにその利益を全く受けない本件土地が右の賦課をうけるいわれは全然ない。

更に、被控訴人は、控訴人がその主張のように控訴人改良区の定款第四七条により昭和四一年三月二六日開催の通常総代会において議決されたところにより本件賦課処分をしたものであることは認めるが、総代会は本件土地のように愛知用水から利益をうけていない土地について賦課金を賦課する基準を議決する権限はない。仮りに然らずして総代会が右の権限を有するものとしても、右議決せられた賦課基準は公団法第二四条ないし土地改良法第三六条の趣旨に著しく反し違法である。従つて、かかる基準に依拠してなされた本件賦課処分は取消を免れないものといわねばならない。

なお、附言すれば、控訴人主張のように土地改良法第六六条は「土地改良区の地区内にある土地が、その土地改良区の事業による利益を受けないことが明らかになつた場合において、その土地についての組合員の申出があるときは、その土地改良区は、その土地をその地区から除かなければならない」旨を定めているので、被控訴人はこれに基づき愛知用水の受益地でない本件土地を控訴人改良区の地区から除くよう申出でたところ、控訴人は前記のとおり本件土地のうちの前記三筆の土地について昭和四一年度後期の愛知用水建設負担金および昭和四二年度以降の経常賦課金の各賦課を除外したのであるが、このことは、控訴人改良区の地区内にある土地であつても、愛知用水から利益をうけない土地は、その地区から除かれるべきものであることを控訴人自らが認めたものに外ならない。かかる土地は常滑市内だけでも愛知用水公団の事業施行地域において約二八パーセント存することは前記のとおりであり、この事実からみれば、控訴人が土地改良区の地区から除かれるのはいわゆる農地転用の場合だけであるとするのは誤りである。本件土地は愛知用水から何らの利益をも受けていないのであるから、控訴人改良区の事業による利益を受けないことが明らかになつた場合として、その経常賦課金を賦課し得ないものといわねばならない。

以上、いずれにしろ、控訴人の主張は失当であつて、本件賦課処分は違法であり、取消を免れないものである。

三、控訴人は本件土地が愛知用水の受益地であることは既に確定していると主張するが、右は誤解である。すなわち、被控訴人が本件土地に対する控訴人の昭和三九年度の経常賦課金を賦課する処分について、本訴と同様本件土地は愛知用水の受益地ではないから右賦課処分は違法であるとの理由に基づき名古屋地方裁判所に対し右の賦課処分取消訴訟(同裁判所昭和四〇年(行ウ)第四七号)を提起したところ、右判決において、本件土地は愛知用水の受益地であるから右賦課処分は正当であるとして被控訴人の請求を棄却し、これが確定したものであることは控訴人主張のとおりであるが、右の事実から明らかなように、右訴訟は本件土地に対する昭和三九年度の賦課処分の取消を求めるのに対し、本訴はその昭和四一年度の賦課処分の取消を求めるものであつて、両者はその訴訟物を異にするものであるから、前者の判決において、本件土地が愛知用水の受益地であることを確認し、これが確定したからといつて、その確認された効力が本訴にも及び、本訴においてのこれに対する判断がそれに拘束されるものと解することはできないものである。右のように訴訟物が異なる以上、本訴において、裁判所は本件土地が愛知用水の受益地であるかどうかを、その提出された証拠に基づき自由なる心証をもつてこれが判断をなし得ることは多言を要しないところである。従つて、これに反する控訴人の主張は誤りである。

次ぎに、控訴人は、愛知用水の受益地であるかどうかは、これによりその土地が現実に利益をうけているかどうかにより定まるのではなく、利益を得る可能性の有無によつて定まるものであるとし、本件土地はその利益を得る可能性があるから受益地である旨主張するが、右は控訴人の独自の見解であつて正当ではない。愛知用水の受益地であるかどうかは、被控訴人がすでに一貫して主張しているように、現に愛知用水により利益を得ているかどうかにより定まるものであつて、これを現に利用していない本件土地が愛知用水の受益地であり得る筈はない。このことは、賦課金について定めた公団法第二四条が右賦課金を愛知用水事業によつて受ける利益を限度として徴収する旨規定しているところから疑を容れないことはすでに述べたとおりである。再言すれば、右の規定が賦課金の賦課は愛知用水事業によつて受ける利益を限度とするといつているのは、論理上利益の存在することを前提としているものであり、前記のようにこれを現に利用していない本件土地がこれにより利益をうける筈はなく、従つて、本件土地はその受益地たり得ないものである。控訴人の右主張は甚だしい空論といわねばならない。

四、控訴人主張のように本件土地は従来から一部湧水を使用していることは認める。しかし、被控訴人は右の湧水を冷たいままで使用しているのではない。右湧水は本件土地の一部に存するのであり量は適度であるので、被控訴人はこれに南沢池から流下してくる水を導入しその水温を調節するなど時宜に応じた処置を構じてこれを利用し、大いにかんがいの用に役立てているのである。このようにして本件土地のかんがい用水は右湧水のほか南沢池の貯水および雨水などにより十分満たされるものであつて、それ以上に愛知用水の水を必要とするものではない。従つて、本件土地は愛知用水からその水を受けることによりその利益をうける受益地となることはないものである。

五、控訴人は、被控訴人所有の本件土地が愛知用水の受益地でないとする理由として、本件土地のかんがい用水は南沢池の貯水、雨水および本件土地の一部にある湧水で十分であつて、愛知用水から給水をうける必要がなく、現にその施設はないとの主張は、南沢池がかり全農地の連帯性と同一水系より組織されていた水利共同体の秩序を無視するのみならず、本件土地が愛知用水の受益地である事実を見誤つた膠論であると主張するが、控訴人の右主張こそ根拠のない空論である。

成程、控訴人主張のように同一水系に属する南輪田の土地はその水を有効適切に使用するため一個の水利共同体と観念することができる関係を生ずるものであらうが、これを本件土地の存する南沢池がかりの土地についていえば、その水利共同体なるものはもとより南沢池の貯水の維持、管理、利用等に関して成立しているものであり、愛知用水のそれらとは無関係である。従つて、これを愛知用水のそれらを含めた水利共同体であるとする控訴人の主張は控訴人の独断であつて、その根拠は全くない。

又南沢池がかりの水田はそのかんがい用水の絶対量が不足しているとの控訴人の主張は事実に反する。かえつて、南沢池の貯水は従来いつも潤沢であつて、それは南沢池がかり全体の水田をかんがいして余りあるものであり、このことは、従来南沢池がかりの水田すべてが、未だかつて一度も干ばつのため被害を蒙つた事実がないことからも明らかに認められるところである。かように南沢池の貯水は豊富なので、南沢池がかりの水田は従来からすべて南沢池の水を使用してかんがいをしたのであり、又それで十分足りていたのであるから、南沢池がかりの下流にあたる水田であつても、その上さらに上小倉池の水を使用してかんがいをした事実はないのであり、このことは愛知用水が上小倉池に導入された以後現在に至るまで変りがないのである。従つて、愛知用水が上小倉池に導入された結果、南沢池がかりの農地全体の水不足がこれにより解消したとの控訴人の主張事実はあり得ないのである。

なお、控訴人主張のように南沢池がかりの水田のうちその上流に属するものは早生稲、中流に属するものは中生稲、下流に属するものは晩生稲とそれぞれその作付けに配慮が加えられていることは認めるが、それは控訴人主張のように南沢池がかりの水田がかんがい用水の絶対量の不足から特に水の合理的な利用を図るため行われているのではない。それは、稲作の合理的栽培という技術的要請やこれに従事する労働力の適正な配分という目的のために自ら生じた現象である。控訴人の主張はかかる南沢池がかりの水田の稲作についての実情を知らない机上の空論というのほかはない。

六、愛知用水公団がその用水施設を建設するに当つて南沢池に直接用水の導入施設を設置しなかつた理由として控訴人が主張する事実はすべて争う。同公団が愛知用水を南沢池に直接導入する施設を建設しなかつたのは、被控訴人がすでに述べたように本件土地を含む南沢池がかりの水田は南沢池の貯水、雨水、流下水によるかんがいで十分足りているので、その上更に愛知用水による給水を必要としないと認められたからに外ならない。控訴人主張のように仮りに南沢池がかりの農地全体がそのかんがい用水の絶対量に不足をきたしているものとすれば、そのかんがい用水の不足を解消して農産物の生産の増進をはかることを事業目的とする同公団はよろしく愛知用水の水を南沢池へ導入する施設を設置すべきが至当であり、そのときは、もはや、そのための経済性を論ずる余地はないものといわねばならない。すなわち、同公団は、南沢池がかりの水田が愛知用水の水を必要としないので、これを南沢池に導入する施設を設置しなかつただけなのである。

七、以上のとおり、被控訴人は控訴人の主張はすべて理由がないものと思料する。これを要するに、本件土地は愛知用水の受益地でないのであるから、これをその受益地であるとしてなされた控訴人の本件賦課処分は違法であり、取消を免れないものといわねばならない。

証拠関係〈省略〉

理由

被控訴人が愛知県常滑市に本件土地その他の田畑を所有し農業に従事している者であること、控訴人は被控訴人所有の本件土地を含むその他の田畑について、被控訴人に対し昭和四一年八月一五日附の賦課金納付通知書をもつて、昭和四一年度経常賦課金として金六、一九〇円を賦課したこと、被控訴人は右賦課処分を不服として昭和四一年九月六日控訴人に対し右賦課金のうち本件土地に対する賦課金二、三四五円(以下本件賦課処分という)について取消を求める異議の申立をなしたところ、控訴人は同年同月一六日附でこれを却下したことは当事者間に争いがない。

被控訴人は、控訴人のなした本件賦課処分は本件土地が愛知用水の受益地でないにも拘らずこれを受益地であるとしてなされたもので違法であるから取消さるべきものである旨主張するので検討する。

本件賦課処分は、控訴人がその定款第四七条により昭和四一年三月二六日開催の通常総代会において議決されたところによりこれをなしたものであることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第二号証の一ないし五、同第三、四号証、同第六ないし一〇号証、当審における証人藤岡清、同片山繁由、同竹内一光、同氏原柳一の各証言を総合すれば次ぎの事実が認められる。

一、控訴人改良区は農業経営を合理化し、農業生産力を発展させるため土地改良事業を行い食糧増産に寄与することを目的として昭和二七年五月八日設立されたものであるが、その後昭和三〇年一〇月一〇日木曾川水系の水資源を高度に利用して、農地利用の高度化を図り、食糧その他農産物の生産の増進と農業経営の合理化に資するため大規模なかんがい排水施設の新設及び管理、開田、開畑等の事業を行ういわゆる愛知用水事業を目的として愛知用水公団が設立され、同公団が右事業の一としてその施行区域内にある農用地をかんがいする幹線水路であるいわゆる愛知用水を設置したのに伴い、控訴人改良区の地区は右愛知用水事業の施行によつて利益をうけるべき土地すなわち受益地内に存することとなり、その結果、控訴人改良区はその事業としてかんがい排水施設、農業用道路、その他農地の保全又は利用上必要な施設の維持管理および後記の愛知用水公団土地改良事業により完成する農業水利施設の維持管理等を行うことになつたこと、

二、本件土地は控訴人改良区の地区内に所在し、前記のごとく被控訴人は本件土地その他の田畑を所有し農業に従事しているものであるので、被控訴人は控訴人改良区の組合員であること、

三、控訴人改良区はその事業に要する経費に充てるため、その地区内にある土地につき、その組合員に対して賦課金を賦課するものであるが、その組合員に賦課する賦課金の内容は次の三種を含むものなどであること、すなわち、(イ)控訴人改良区が自ら造営管理するかんがい排水施設、農業用道路、その他農地の保全又は利用上必要な施設の維持管理に要する経費(控訴人改良区定款第四四条第一項、第四条第一項第一号)、(ロ)控訴人改良区はその事業施行地域である地区が前記のごとく愛知用水公団がその事業の一つとして行つている愛知用水の受益地内に所在しているので、昭和三七年五月一日同公団から同公団が自ら造営管理する右用水の幹線水路を除いたその余の支線、分線水路等の末端小規模農業専用施設の管理を控訴人改良区に委託されたのに伴ない、右委託された愛知用水公団営土地改良事業により完成する農業水利施設の維持管理に要する経費(定款第四四条第一項、第四条第一項第二号)、(ハ)同公団はその事業のため造営した施設に要する経費の一部をこれにより利益をうける受益地につき土地改良法第三条に規定する資格を有する者等に賦課徴収することができるが(公団法第二四条第一項)、又これに代えて、右の経費を土地改良区に賦課徴収することも認められ(同法条第二項)、右のように土地改良区に賦課されたときは、右賦課金は土地改良区の経費とみなされて、その土地改良区がこれを組合員から徴収し得る仕組みとなつているところ(公団法第二六条、土地改良法第三六条、第三九条)、同公団は前記のとおりその直接管理する愛知用水の幹線水路に要する経費の一部を農業者負担分としてこれを控訴人改良区に賦課してくるので、控訴人改良区は右公団から賦課にかかる賦課金に充てる費用を更に控訴人改良区の組合員から賦課徴収することとしている結果、控訴人改良区が木曾川事業区域に係る公団法第一八条第一項第一号ないし第三号の事業に要する費用の賦課金を負担するものとするとしている費用(定款第四六条)の三種を含むその他の費用であるが、右(イ)、(ロ)の経費に対する賦課は、経常賦課金として毎年予算の定めるところにより地区内の農地全部につき地積割に賦課するものであること(定款四四条第一項、第四条第一項第一、二号)及び右(ハ)の愛知用水公団が直接管理する愛知用水に要する経費の農業者負担分として控訴人改良区に賦課される賦課金については、同公団はこれを(甲)愛知用水建設負担金と、(乙)経常賦課金とに分けて控訴人改良区に賦課するので、控訴人改良区もその区別に従がいこれをその組合員に賦課することとしているが、その賦課については定款第四六条第二項により同第四四条第一項の規定を準用し(イ)および(ロ)の経費と同様であり、すなわち、その基準は予算の定めるところにより地区内の農地全部につき地積割により賦課するものとしており、右(乙)経常賦課金は前期(イ)、(ロ)の経費に対する賦課金と合せて控訴人改良区の経常賦課金として賦課していること、

四、控訴人改良区が組合員に賦課する経常賦課金の賦課、徴収の時期および方法などは控訴人改良区の総代会で定める旨定款第四七条に規定されているので、控訴人改良区の昭和四一年度(事業年度は毎年四月一日から翌年三月三一日まで)経常賦課金については、同年三月二六日開催の「昭和四〇年度愛知用水土地改良区通常総代会」において議決されたその徴収の方法等により組合員に対し賦課したものであり、本件賦課処分である被控訴人所有の本件土地のそれについては、右の議決に基づき本件土地が控訴人改良区の事業によつて受ける利益を勘案して、本件土地は一般補給田のうち高度の湿田の下流地にあるもの(賦課基準は、一般補給田反当上流部八五〇円、中、下流部各八六〇円、高度の湿田反当上、中、下流部とも各五〇〇円)として被控訴人に対し賦課したものであること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、控訴人改良区はその組合員である被控訴人に対しその事業によつて受ける利益を勘案して経常賦課金として本件賦課処分をしたものであること明らかである。従つて、被控訴人は控訴人改良区の組合員ではないから、本件賦課処分はなし得ないものであるとする被控訴人の主張は理由がなく、又本件賦課処分は経常賦課金を賦課するものとしてなされたものであるが、その実質は控訴人改良区の組合員がかんがい用水として使用する愛知用水の水の対価であるとする被控訴人の主張は事実を正解しないものであり、更に、控訴人改良区の総代会は本件土地について賦課金を賦課する基準を議決する権限はないとする被控訴人の主張も失当であり、なお、右総代会が定めた賦課の基準すなわち賦課金の賦課、徴収の時期及び方法等は控訴人改良区の地区の状況等前記各証拠によつて認められる諸般の事情に照らし相当であると認められるから、右の総代会が定めた賦課の基準が公団法第二四条ないし土地改良法第二六条の趣旨に著しく反するとする被控訴人の主張は採用することができない。

又、被控訴人は、本件土地は控訴人改良区の事業による利益をうけないことが明らかになつた土地であるから、控訴人改良区の地区から除かれた土地であり、従つて、控訴人は本件土地に対し本件賦課処分をなし得ないものである旨主張するが、本件土地が被控訴人主張のごとくその申出により控訴人改良区の事業による利益を受けないことが明らかになつたとして、控訴人改良区の地区から除かれたことはこれを認めるに足りる証拠がないから、被控訴人の右主張は失当であるといわねばならない。もつとも、前記乙第二号証の一、証人片山繁由の証言および成立に争いのない甲第一三号証の一、右証人の証言により真正に成立したものと認められる同第一三号証の二を総合すれば、被控訴人は昭和四一年一月五日本件土地が控訴人改良区の事業による利益を受けないことが明らかになつた土地であるとして控訴人改良区の地区から除くよう控訴人改良区に申出でたところ、控訴人改良区は本件土地のうち宇池田三四番の二、同三五番の二、同三六番の三の土地三筆について昭和四二年度以降の賦課金を賦課することを保留していることが認められるが、右の事実があるからといつて、そのことから本件賦課処分はこれをなし得ないものであると解することはできないものである。

被控訴人は前記のとおり控訴人のなした本件賦課処分は本件土地が愛知用水の受益地でないのにこれを受益地であるとして賦課したものであるから取消しを免れない旨主張するが、本件賦課処分は前記のとおり控訴人改良区がその事業に要する前記(イ)、(ロ)、(ハ)の各経費を経常賦課金としてその組合員である被控訴人に賦課したものであるから、被控訴人主張のように本件土地が愛知用水公団の行う愛知用水による受益の有無のみにより、その瑕疵すなわち違法性の有無が評価されるべき筋合ではないことは当然であるが(前記(イ)の経費は右愛知用水に関係のないものである)、前記(ロ)、(ハ)の各経費については前記公団法第二四条第一項の規定の趣旨に鑑み、同用水による受益の有無により、その受ける利益を限度として賦課しなければならないものと解するのを相当とする。

そこで、本件土地が愛知用水により利益を受ける土地であるかどうかを案ずるに、控訴人は本件土地が愛知用水の受益地であることはすでに確定している旨、すなわち、被控訴人が本件土地に対する控訴人の昭和三九年度の経常賦課金を賦課する処分について、本訴におけると同様本件土地が愛知用水の受益地でなく、従つて控訴人が被控訴人に対し右の経常賦課金を賦課したのは違法であることを理由として名古屋地方裁判所に対し右賦課処分取消訴訟(同裁判所昭和四〇年(行ウ)第四七号)を提起した判決において、本件土地は愛知用水の受益地であることを確認のうえ、控訴人のなした右賦課処分は正当であるとして被控訴人の請求を棄却し、右判決は確定したので、被控訴人は右判決に基づき昭和三九年度の経常賦課金をすでに納付しているのであるから、単にその賦課年度を異にするだけにすぎない本訴においては、右訴訟において確認された本件土地が愛知用水の受益地であるとの事実は、右判決の有する既判力として本訴において右の判断をするについて当然裁判所をき束するものであり、本訴においては右に反して本件土地が愛知用水の受益地でない旨を判断することはできない旨主張し、控訴人主張のように被控訴人が提起した控訴人改良区の被控訴人に賦課した昭和三九年度の本件土地の経常費賦課処分の取消を求める訴訟において、本件土地は愛知用水の受益地であることを理由として被控訴人の請求が棄却され、右判決は確定して被控訴人が右賦課金を支払つたことは当事者間に争いがないけれども、右訴訟の判決は右の事実から明らかなように昭和三九年度の賦課処分についてなされたものであつて、その限りにおいて本訴とは訴訟物を異にしているので、右判決の本件土地が愛知用水の受益地であるとの判断が本訴においてその判断をするにつき拘束力を有するものと解することはできないから、控訴人の右主張は理由がない。

そこで、次ぎに、前記各証拠に成立に争いのない甲第二号証の一ないし六、原審における証人渡辺隆資の証言を総合すれば、被控訴人は本件土地で稲作をしているのであるが、右稲作のかんがい用水としては本件土地の東南方約四〇〇米位の処に位置しているいわゆる南沢池の貯水と天然の雨水および本件土地の一部から湧出する水を従来から使用し、右のかんがい用水としてはそれらからくる水で十分であつて、現に被控訴人主張のように南沢池から西北方にある本件土地に向い約数拾メートル下方を通ずる愛知用水の幹線水路からは同用水の水を南沢池ないしは本件土地に導入する何らの施設も設置されておらず、そのようなかんがい施設の状況にかかわらず、本件土地は未だかつて水不足による稲作の被害をうけたことがないことが認められるが他方成立に争いのない乙第二号証の二、四、五、当審証人片山繁由の証言を総合すると、本件土地は上方の南沢池の方向にある字南沢およびそれとは反対側の順次下方にある字東太郎、字西太郎、字松下、字東前田および字西前田までの約二六ヘクタールの土地と共にそのかんがい用水として南沢池の水を使用しているいわゆる南沢池がかりの土地であるところ、そのうち字東太郎、字西太郎、字松下、字東前田および字西前田の土地は本件土地の附近にある上小倉池の下方に位置しているので同池の水もかんがい用水として使用しているのでこれらの土地は上小倉池がかりの土地でもあること、そして、右のように南沢池および上小倉池がかりの土地の下方にある字東前田および字西前田の土地は従来ややもすれば両池から使用するかんがい用水だけでは水の不足を見ることがあつたが、愛知用水公団の設立に伴ない造営された愛知用水の設置によつて同用水の水が上小倉池に導入されてから以降は、同池から小倉支線を介し同池の下方にある字池田の一部(本件土地は含まれない)、字東太郎、字西太郎、字松下、字東前田および字西前田の土地約二三ヘクタールを直接かんがいし得ることとなつて、右字東前田および西前田が時に招来していたかんがい用水の不足は解消するに至つたので、本件土地は前記のように愛知用水から直接その水を導入してはいないが、その下方にある前記の土地が前記のように愛知用水からそのかんがい用水の供給をうけることによりこれが需要の充足を得た結果、より一層南沢池等からのかんがい用水の取水が安定して得られることとなり(池がかりの農地は上流のものも下流のものも取水の権利は平等であるから、下流の農地が水不足の場合は自ら上流の農地の取水は制限を受ける関係にある)、本件土地の稲作に好影響をもたらしていること、以上の事実が認められる。右認定事実によれば、本件土地は愛知用水からその水を導入して直接これにより利益を受けているものとは認めがたいが、しかし、愛知用水により間接的に利益をうけているものと認められ、右のように愛知用水により間接的に利益をうける土地であつても、なお、これにより利益を受けているものと解するを相当とするから、本件土地は愛知用水公団の行う事業によつて利益を受けているものといわねばならない。のみならず、愛知用水公団法第一九条第二項第三号、第二四条第一項によれば、愛知用水公団が同法第一八条第一項第一号から第三号までの事業に要する費用を賦課する対象たる受益地というのは、右事業により現実に利益を受けている土地のみを指称するのではなく、右事業により利益を受け得る土地をも包含するものと解せられる。従つて、控訴人改良区は、同公団より賦課された経常賦課金(前記(ハ)の経費)についてはもとより、同公団より委託された施設の維持管理費(前記(ロ)の経費)についても、同公団の事業により利益を受け得る土地を受益地として右賦課金及び維持管理費の賦課対象地とすることができるものであると解すべきところ、原審における検証の結果によれば、本件土地は同公団の施設にかかるかんがい用水をいつでも利用し得る状況にあることが認められるから、控訴人改良区において本件土地を右(ロ)、(ハ)の経費の対象とし被控訴人に対し本件賦課処分をしたことには違法はないといわねばならない。従つて、これに反し、本件土地はそのかんがい用水として南沢池の貯水、雨水、本件土地の一部からの湧水等で十分であつて、愛知用水から給水をうける必要がなく、現にその施設も全然ないから、本件土地は愛知用水の受益地でないとする被控訴人の主張は失当である。

ところで、控訴人改良区はその総代会の議決に基づき本件賦課処分を被控訴人に対し本件土地が控訴人改良区の事業によつて受けている利益を勘案してなしたものであること前記のとおりであるが、本件土地が前記のように控訴人改良区の直接造営にかかるかんがい施設等や愛知用水によつて受けている利益を、特に後者の利益についてはその受益の限度で賦課金を賦課する趣旨において勘案する意味に解し検討してみても、前記認定にかかる各事実やその他本件記録に現われた諸般の事情を斟酌すると、控訴人改良区が総代会の議決に基づき本件土地を一般補給田のうち高度の湿田の下流地の土地として本件賦課処分をしたのは相当であるものと認められ、これを違法であるとする事由は見出し得ない。

してみると、被控訴人の本訴請求は理由がなく棄却を免れないものである。

よつて、これと結論を異にする原判決は不当であるから、これを取消し、被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 布谷憲治 福田健次 高橋爽一郎)

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